英国の報道によると、英国の連続テロ事件で、グラスゴー空港のターミナルに車を突入させて拘束された男2人が書いた「遺書」とみられるメモが見つかったそうです。
つまり、自爆を企てていたということです。
メモを書いていたのはイラク人医師ビラル・アブドラ容疑者らで、「遺書」の詳細は明らかにされていませんが、自分たちが車内にいるうちに車を爆破させようとしていたことが示唆されているといいます。
イスラム過激派の「自爆テロ」という「戦法」は、どうやら1980年代くらいからのもののようです。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、
「中東地域では1983年4月18日のベイルートにおけるアメリカ大使館爆破事件でイスラムシーア派組織ヒズボラが実行して以後、イスラム過激派(当初は主 にシーア派)の常套的な攻撃方法として定着する。以降、チェチェン紛争、パレスチナの第二次インティファーダ、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争を経て、 イスラム過激派による自爆テロの発生件数と犠牲者は増加の一途をたどっている。」
(「自爆テロ」)
とのことで、ヒズボラが最初に実行したそうです。また、
「その嚆矢となったと思われるのが1971年に発生した岡本公三ら日本赤軍によるイスラエル・ロッド空港(現在のベン・グリオン国際空港)に於ける無差別乱射事件である。」
とも紹介されています。
「日本赤軍テルアビブ空港乱射事件」です。
イスラム過激派の世界に、日本赤軍が神風特攻隊(カミカゼ)の精神を持ち込んだのではないか、という説もあるようです。確かに、彼らは、銃撃戦になって生き残る可能性が低いこの事件を引き起こしましたが、その「影響力」の大きさをイスラム過激派は着目したのかもしれません。
ウィキペディアではさらに、
「一部では太平洋戦争末期に日本軍のとった戦術であるカミカゼ(神風特別攻撃隊)を名乗る事が在り、特攻隊の影響も見られる。」
「尚、それとは別にアメリカを中心に自爆テロと特攻隊を同一視する意見や報道が有る。」
「また“KAMIKAZE”という言葉自体が自爆攻撃を示す英語として一般名詞化しており日本文化への悪意はない、と説明する米メディアも多いが、9・11を「第二のパールハーバー」と呼ぶなど、かつての対日戦争の影響は無視できないと言える。」
とも紹介しています。
そうだとすると、日本人としては、とても残念で、悲しく、心痛むことですが、いずれにしても、テロ、自爆テロは、許すことのできない行為です。
主にある平和がなされ、みこころがなるように祈るしかありません。
空港内で自爆企てる=容疑者2人が「遺書」—英テロ事件
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