アメリカとメキシコの大学生計約400人を対象にした調査で、日常生活で発する言葉の数は男女でほとんど差がないことが分かったそうです。(米アリゾナ大などの研究チームが、6日付の米科学誌サイエンスに発表しました。)
研究チームは、小型のデジタル録音装置を開発し、男女それぞれが1日に発する単語の数を推計したそうです。その結果、女性は1日平均16215語、男性は15669語を発していたそうで、むしろ個人的な差異だったそうです。
思い込みとか常識で判断すると間違うことがあります。日々のニュースに対してもそうだと思います。思い込み=臆見のことを「ドクサ」といいます。いわゆる「常識」による判断です。
常識は日常生活をする上で役立つのですが、時として、真実とは違うことがあるので注意が必要です。
日々のニュースの中に隠れている真実を、ドクサから離れて、聖書の視点に立って見ていくこと。
それをさらになしていこうと思います。
「女性はおしゃべり」はうそ? 米大チーム「性差なし」(アサヒ・コム)
1 件のコメント:
女性が特におしゃべりというわけではない—。
統計的に、それが事実であるにもかかわらず、なぜそう感じてしまっているのか、を考えてみました。
男性の立場から。
男性にとって、女性は「静かで、自分の意見をそのまま受け取っていてほしい。しかし、女性は、自分には理解できない、共感できない事をよく話している。だから、女性はおしゃべりだ。」
女性の立場から。
女性にとって、同性の女性は「いつも、自分に話しかけてほしいし、和やかに、わいわいしていたい。男性とはそういう雰囲気にならず、会話がはずまない。だから、女性はおしゃべりだ。」
つまり、事実としてではなく、相手側から見て、理想像、または期待像から判断して、「おしゃべりである」という「常識」=「思い込み」が生まれたのではないでしょうか?
この場合、男性にとって「おしゃべり」は否定的なイメージ、女性にとって「おしゃべり」は肯定的なイメージで受け取られている、ということです。
以上は、実験によるものではなく、あくまで、仮設ですが。
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