この教師は、男子児童がトイレに行こうとしたクラスメートを邪魔したり、「同性愛者」や「女みたい」などと呼んだことから、罰としてそれを書かせたとのことです。
イタリアでは、学校で同性愛者とからかわれた若者が自殺した事件が広く報じられており、この女性教師は、同事件を踏まえて男児への処罰が適切だったと主張し、同性愛者の権利団体も、教師の無罪を主張していたといいます。
同性愛は、確かに、罪です。(罪であるとさばいているのではなく、聖書に書かれてある通り、それは罪であるが故に、ほかのすべての罪と同じように、悔い改めて、主の赦しを受ける必要があります。)とはいえ、「わたしはばかです」と書かせる、というのは、少しひどい感じはします。
「わたしは、人をいじめてしまいました」と事実を認めさせる必要はあるとは思いますが。
同じく聖書では、
「兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。
兄弟に向かって『能なし』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。
また、『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます」(マタイの福音書5章22節)
と書かれています。
いじめも良くないことです。
先生の指導も、配慮が必要です。
すべてが、聖書の価値観、十字架の福音による罪の赦しの恵みの中に置かれればと祈ります。
児童に「ばか」と100回書かせたイタリアの教師、無罪に(ロイター)
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